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イチローが国民栄誉賞を二度辞退した理由は?辞退の言葉は? 

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イチロー元選手が3月22日に引退を発表した事で話題になっている中、もう一つ話題に挙がっているのが【国民栄誉賞の授与】を政府が検討しているという事です。

イチロー元選手ほどの素晴らしい選手には相応しい賞で、何故引退のタイミングで?
という疑問を持っている方も多いはず!

それにはある理由がありました。

イチローは国民栄誉賞を二度辞退していた

実は現役選手時代にイチロー元選手は二度国民栄誉賞を受賞しており、二度辞退している事が明らかになっています。

1回目は2001年

2001年のイチロー選手は当時29歳。
1年前の2000年に、所属していたオリックスからマリナーズへ電撃移籍していた年で、日本人選手初のメジャーリーガーになったとして称賛されていました。

当時は日本人選手がどこまでメジャーで通用するのか日米から共に疑問視されていて、更には当時監督であったルー・ピネラも大きな期待は寄せていなかったそうです。

そんな不安を他所に2001年、イチロー選手は初出場となる4月の開幕戦から2か月連続で月間新人MVPを受賞するという大変な功績を残しました。

その後も驚異的な記録を残していき、シーズン242安打、メジャーリーグの新人最多安打記録更新!その他にも、【新人王・MVP・首位打者・盗塁王・シルバースラッガー賞・ゴールドグラブ賞】と名誉あるタイトルを獲得しました。

この功績を賞して日本政府からは第一回目の【国民栄誉賞】をイチロー元選手へ贈与しようとしたのですが、本人の意志で【国民栄誉賞を辞退】します。

2回目は2004年

2004年のイチロー元選手は当時31歳。
プロ野球選手の平均引退年齢は29歳と言われている中での活躍です。

メジャー移籍後にイチロー元選手最高となる打率.421を残してこの年の開幕を迎えました。通常3割(打率.300)がかなり好打者と呼ばれているのですが、その1割をあのメジャーで上回るという功績です。

4月の開幕戦では打率.255とやや低調なスタートを切ったイチロー元選手でしたが、このあと物凄い功績を残します。

8月26日にメジャー史上初となる快挙を得ます。
デビューから4年間連続200安打記録を本塁打で達成し、更に8月31日に自身の球団記録であるアレックス・ロドリゲスの月間54安打を更新する快挙ぶり、その後その記録も更新しなんと68年ぶりにロイ・ウェザリーの月間56安打のタイ記録に並んだそうです。

しかし元イチロー選手の快進撃は止まらず、10月1日258安打を記録、84年間破られなかった記録を日本人初のメジャーリーガーがメジャー歴代シーズン最多安打記録の257安打を更新するというとんでもない功績を残していたんです。

当時の映像↓

こうした類まれなる才能と努力の集大成を見せつけたイチロー元選手に、二度目となる【国民栄誉賞】が政府より贈与されたのですが・・・。

ここでもイチロー元選手は受け取ることなく、【辞退】してしまいます。
何故、イチロー選手は辞退してしまったのでしょうか。

その気になる理由と、辞退した際に残した言葉とは。

イチローが辞退した理由と辞退時に残した言葉は?

2001年

メジャーリーグで日本人選手史上初の首位打者を飾ったことや、様々な功績から小泉内閣から国民栄誉賞を打診されていました。

しかし、この打診を受けてイチロー元選手は「まだ現役で発展途上の選手なので、もし賞をいただけるのなら現役を引退した時にいただきたいと断っています。

この言葉から、政府が今このタイミングでイチロー元選手に三度目の再打診をして授与したいという想いがわかりますよね。

2004年

メジャー界初となる記録更新を遂げたイチロー元選手、小泉内閣より二度目となる国民栄誉賞の打診を受けました。

ところがここで断るのがやはりイチロー元選手。
断りの言葉としては「今の段階で国家から表彰を受けると、モチベーションが低下する」という何ともストイックな一言を残して断ってしまいます。

やはり最初に宣言していた通り、中途半端な状態では貰えないといった気持ちが強く表れています。

小ネタとしては、飯島勲内閣官房参与は「週刊文春」の連載「激辛インテリジェンス」(2013年11月14日号)で、次の裏話を語っています。

飯島さんが小泉内閣の当時秘書官だったころ、「鈴木さんからお電話ですが」と取り次がれ、誰かわからず電話を取ったら「鈴木一朗です」と名乗る人物から。

これはイチロー元選手の本名だという事がすぐにわかり、本人が直接官邸に電話をかけてきたことがわかったそうです。

そしてイチロー元選手からは「大変名誉なお話ですが、現役の間は賞はいただくわけに参りません」ときっぱり断られてしまったとのこと。

辞退した理由は何だった?心境は?

イチロー元選手の野球に対するストイックぶりは人間業とは思えないほど洗練されたものです。

打席に立つ時は絶対に同じポーズをする、行動をルーティン化することによってパフォーマンスを常に高く保つ秘訣だといいます。

常に向上心を持って日々挑み続けているイチロー元選手は、まだ現役で発展途中。
今よりももっと良くなっているかもしれないし、落ちこぼれているかもしれない。

引退してから、本当に賞に値する人物なのかどうかそれから見極めて欲しいという願いも込められていたといいます。

また、イチロー元選手自身が記録や肩書にあまり興味がないという事も知られています。

自分が好成績であることは鼻にもかけず、ただ応援してくれているファンを喜んでくれているのが純粋に嬉しいといった価値観を持っているそうです。

また、国民栄誉賞を受賞することによって、政治に利用されることを嫌がっていたという一説も囁かれているそうです。

しかし私たち国民、そして国含めて引退した今でも【イチロー選手は国民栄誉賞を受賞するのに相応しい人物】と思っているに違いありません。

そういった願いから、今まさに引退した彼に労いと称賛を込めてぜひとも受け取ってもらえたらと心から思います。

国民栄誉賞を辞退した人は?受賞した選手も

イチロー元選手以外にも辞退していた人がいた!

イチロー元選手含めて、辞退した人物は二人だと言われております。

一人目は野球選手の【福本豊】。
世界記録通算939盗塁を達成したのです。日本全国向けには、「呑み屋に行けなくなる」などはぐらかしていましたが、実際には「王さんのような野球人になれる自信がなかった。記録だけでなく広く国民に愛される人物でないといけないと解釈した」と言って授与を断ったそうです。

二人目は古関裕而さんは平成元年に授与されましたが、既にご本人がなくなっていたため、遺族の方が断っています。

野球界の受賞者

王貞治(おう さだはる)
通算本塁打数世界新記録達成(756本)で1977年9月5日に福田赳夫内閣から受賞しています。

衣笠祥雄(きぬがさ さちお)
連続試合出場世界新記録達成(2131試合)で1987年6月22日に第3次中曽根内閣から受賞しています。

長嶋茂雄(ながしま しげお)
野球界の発展に貢献をして国民に深い感動と社会に明るい夢と希望を与える事に顕著な実績があったとして2013年5月5日に第2次安倍内閣から受賞しています。

松井秀喜(まつい ひでき)
日本人初となるワールドシリーズMVPの獲得と功績、ゴジラの愛称で様々な人から愛されていて、その活躍は社会に大きな感動と喜びを与えたとして2013年5月5日に第2次安倍内閣から受賞しています。

以上の四名もの人物が名誉ある賞を受賞しています。
この中にイチロー元選手の名前が刻まれる未来もそう遠くないでしょう!


最後までお読みいただきありがとうございました。

イチロー元選手は我々日本人にとって誇れる人物です!

ぜひとも三度目の国民栄誉賞は受け取っていただきたいですね。

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