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【金スマまとめ】好感度No1芸人サンドウィッチマン明かされる解散の危機や苦悩!良い人なのか検証も?

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異例の高感度人気No1芸人を誇るサンドウィッチマン。

収録の時間が1時間遅れてるという設定で、楽屋に設置した

打ち合わせが終わってもスタッフがなかなか帰らなかったら?

本当に良い人なのかドッキリで検証

【打ち合わせが終わってなかなかスタッフが帰らなかったら?】という設定の元検証がスタート。

度重なるシンクロが面白過ぎる

隠しカメラを設置していた楽屋では、横並びに仲良く座っている姿からスタート。

この様子を見るに、中居くんは「ドッキリバレてるのかと思った」と一言。

確かに他の芸能人で検証するときは、向かい合わせに座っていたり、別々の事をしていたりしますよね。

さっきのドッキリを受けての二人の反応も見事にシンクロ。

そして、スタッフというのも、【ちょっと変なAD】という事にする為、【骨折したAD】というらどんな反応するのかというのも反応を見たところ。

入ってきてすぐに「大丈夫ですか?」と声を掛ける伊達ちゃん。
その後、何故骨折したのかまで会話を広げ、「起きたら折れてたんですか?」「寝返り打って折れたんですか?」などとお笑い要素を含んでの返しにスタジオも笑いが起きる。

その後打ち合わせは30秒くらいで終わり。

その後も20分間居座り続けたら流石に塩対応になるだろうと検証を続けます。
仕事と関係ない「仙台トーク」を挟んだり。

自分の薄毛について悩みを話し始める骨折AD。
しかし興味津々で眺める二人。

伊達ちゃんと骨折ADが似ていると発言する骨折ADに対して「似てないですよ」と笑いながら突っ込む二人。

そして特に頭髪具合が似て無かった事を伊達ちゃんがADへ指摘し。

そこから会話はハゲトークに展開。本当にAGAに通っている骨折ADは、「1年前より」大分増えたと豪語するも、「1年前をしらねーよ」といきの良いツッコミが炸裂。

証拠を見せるために自分の写真を見せるも、二人は興味津々で観察。

変なADへ塩対応することもなく話し続け、挙句の果てには中居君からの指令で「無言でこたえる変な間を作って」という指令に、突然相槌しか打たなくなるADに対しても嫌な顔一つせず。

などと突っ込み、微妙な空気感も埋めてくれるサンドイッチマン。いい人すぎる。
そして結局最後までつないでくれたサンドウィッチマンだった。

二人の出会ったきっかけはラグビー部

二人の出会いはラグビー部がきっかけだった

伊達ちゃんは「同じ体系のやつがいるな‥・。」

対する富澤は「可愛い顔したやつがいるな…。」

スタジオでは笑いをさそい、恒例の伊達ちゃんメガネ外しが炸裂。

やはりつぶらな瞳をしている。可愛い顔してんな!!(笑)

お笑いに目覚めた原点だった

何とラグビー部の先輩から、「ネタだしして面白くなかったら帰れない」という規則のもと、毎日のようにネタを披露していたそう。

富澤はキン肉マンの物まねをしたり、伊達はその辺の雑草を持ってきて唐突にむしゃむしゃ食ったりと、つまらないと繰り返し言われては、先輩を笑わす事に毎日考えていたそうです。

それらのおかげで部活は楽しかったものの、チーム自体は最弱だったそう。
別のものに青春をかけていたからでしょうね!(笑)

富澤の角刈りバット持ちの写真の真相が明かされる

ちょいちょい色んな番組で突っ込まれるこの写真。

実は当時いたずら好きだった彼が考案したものらしく、ある友人に「卒業写真面白く撮ろうぜ」と指令をだしたのがきっかけ。

この方が指令を受けたご友人。そして実際の写真はこうだった。

こういった悪乗りが許される高校だったそうだ。
カメラマンに何も言われなかったのかと中居君が聞くと、「むしろバットのロゴをきれいにうつせって言われましたね」とノリノリの様子だったようだ。

高校卒業後は別々の道を歩んでいた。

伊達ちゃんはその名の通り、伊達政宗を子孫に持つ由緒正しき家系で、代々の親類たちは、曽祖父が裁判官、祖父が東大卒、父が銀行員というエリート集団なのだ。

伊達ちゃんのあのツッコミの良さも、代々から伝わる聡明さが遺伝しているのかも?

お堅い家だったこともあり、伊達は「福祉用品を売る営業マン」。

富澤はこのままサラリーマンになりたくないと、フリーターを続けながら夢を探していた。

当時の様子がこんな感じ。

何故か当時の写真がこれしかないという貴重な二人の写真にスタジオはもちろん、私も大爆笑。

因みに富澤がなぜ格好をつけているのかというと、友達から皮手袋をプレゼントされ、格好付けて撮った結果だったという。

富澤から伊達にお笑いやらないか?と誘った

富澤はフリーターを続けながらあるものが目に留まった。それはお笑いフェスティバルという地元仙台のお笑いグランプリだった。

昔からお笑いをやるのが好きだった富澤は、真っ先に伊達ちゃんとコンビを組むことを考えて誘った。

「俺とお笑いやらない?」

しかし、父の紹介で会社に就職したこともあり、親のメンツもあるから5年は辞められないと断ることに。

仕方なく富澤は別の高校の同級生と「ゆやんゆよん」というコンビ名で結成。

全国大会の決勝までいくというなかなかの好調だったそうですが、それを機にコンビは解消。相手の方からお笑いで一生食っていく気はないと断られてしまったそうです。

その後、どうしても伊達ちゃんとコンビを組みたかった富澤は5年に渡って口説き続けます。

富澤もめげずに言いますし、伊達ちゃんもあしらうことなく、「考えさせてくれ」に変わっていったそう。

きっかけは祖父の死だった

そんな伊達ちゃんの背中を押した出来事が、祖父の死でした。

この時始めて身内が無くなったそうで、人はいずれ死ぬんだという事を実感。

そして、一度しかない人生好きな事をして生きたいと強く思うようになり、約束の5年目で見事コンビが結成されました。

その時に富澤へ行った言葉が、「今からでも遅くないかな?」だったそうです。

当時二人は24歳という芸人デビューにしては少し遅い年齢。

それでも決意をした二人は、東京行の夜行バスに乗って夢を追いかけに行った。

コンビ結成10年間にして初めての解散の危機

コンビ結成後東京で頑張るも、なかなか芽が出ない二人。

伊達ちゃんは厳格な父親を3年間でいいから、芸人をやらせてくれとお願いしたものの、気が付けばもう6年の歳月がたっていた。

そんな時、富澤は自分が無理にでも連れてきてしまったのに、このまま30代を迎えてしまったら伊達に申し訳ないと2008年に「やめないか?」とつい言ってしまった。

それを聞いた伊達は、「まだ少ししかやってない、全力でやってないんじゃないか!?」と誘われた身の伊達ちゃんが富澤を引き留めるというコンビ愛を炸裂した。

そして二人はその時に、あと1年全力で頑張ってダメだったら諦めるといったところで、ついにこの栄光を勝ち取った。

ついに優勝を勝ち取った二人は感極まって熱く抱擁。
二人の7年という歳月をかけてのこの結果は、たまらなくうれしかった事でしょう。


 

最後までお読みいただきありがとうございました。

サンドウィッチマンは二人とも人徳に溢れた素晴らしい人たちという事がひしひしとわかりました。

更に好感度を上げるだけの結果でしたね!(笑)これからも人気ナンバーワンの名を刻んでいってほしいですね。

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